2009年02月18日

転職して成功した 漫画家



転職して成功した漫画家

鳥山 明
サラリーマン → 漫画家

愛知県立起工業高等学校デザイン科を1974年に卒業した後にデザイン会社に就職、ここでチラシなどを作っていたが、結局サラリーマン生活に嫌気が差し2年半ほどで退職した。

退職後は気ままな生活を送っていたため金銭的に困る事になるが、たまたま手に取った『週刊少年マガジン』で新人賞への応募作品を募集している記事を見つける。賞を取れば賞金50万円が手に入ることを知り、賞金のために23歳にして初めて本格的に漫画を描き始めた。結局『週刊少年マガジン』の新人賞の締め切りには間に合わず、毎週作品を募集していた『週刊少年ジャンプ』へ作品を投稿するようになった。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』抜粋


本宮 ひろ志
航空自衛隊 → 漫画家
中学校卒業後はパイロットを目指して航空自衛隊に自衛隊生徒として入隊するも、心臓疾患のため17歳で除隊。その後漫画家を目指す。
1965年、「きみとぼく」11号(日の丸文庫)掲載の『遠い島影』でデビュー(本宮博 名義)。

代表作は、『男一匹ガキ大将』、『俺の空』、『サラリーマン金太郎』など多数。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』抜粋


弘兼 憲史
松下電器会社員 → 漫画家
1970年に松下電器産業に入社し、広告宣伝部に勤務(当時のラジカセ購入者特典の小冊子「テープレコーダーをかついで自然の中にとび出そう」のイラスト等を手がけている)。 1973年に退職する。1974年に『ビッグコミック』に「風薫る」を発表してデビュー。

1983年に『課長島耕作』の連載を開始する。サラリーマン・島の活躍と色恋を描いた怒涛の大河ロマン『島耕作』シリーズのエピソード1である。これ以降、同シリーズは延々と続き、弘兼の代表作となる。
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』抜粋

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